今日は玉の輿の日らしい
仕事に行こうと車のエンジンをかけると、車のナビがいつも今日は何の日かを教えてくれます。
いっつも、ふーん、なんて思いながら聞いているのですが、今日はそうもいきませんでした。
だって玉の輿の日ですよ!?!?!
一攫千金チャンスの日です!!!
宝くじでも買おうかな〜なんて思っていながら、ふと気になったことがありました。
何で今日が玉の輿の日なの?とゆーか、玉の輿ってそもそもどういう語源?
気になってしまったら仕方ない。どうせ暇なので調べてみました(⌒∇⌒)
玉の輿って、なんかいいな~って漠然と思っちゃう節あるよね~~
目次
玉の輿の日
1月20日は玉の輿の日。
なんで玉の輿の日になったかと言うと、遡ること1905年(明治35年)のこの日。アメリカの大富豪が、京都祇園の芸妓を見初め、結婚したそうです。祇園の芸妓から財閥の妻になった、また日米友好の先駆けとなった結婚記念日のため、玉の輿の日になったそうです。
- お雪(加藤ゆき 1881年8月7日~1963年5月18日 没81歳)
- ジョージ・モルガン
祇園の芸妓として、とりわけ胡弓の名手として知られていたお雪。アメリカの金融財閥モルガン商会の創立者の甥、ジョージ・モルガン。時は1901年、当時30歳のモルガンが恋人と別れたばかりの傷心中、旅行で日本に訪れた際に、お雪と出会ったとされています。
お雪に出会ったモルガンは一目惚れ。早速お雪に求婚します。しかし、当時のお雪には10歳年上の恋人がいたのです。かつて外国人からの身請け話などなかったこともあり、お雪は4万円(当時は大金)の身請け金を要求します。結果1904年にお雪が結婚を承諾するまでの間に、モルガンは3度日本を訪れたそうです。
モルガンとお雪の求婚報道は、当時の新聞等でも報道されて、お雪は年上彼氏と破局してしまったそうです。
お雪の身請け金の報道を受け、アメリカでは「金に目がくらんだ女」と揶揄されてしまい、お雪は精神が落ち込んでいってしまったそうです。
そんなお雪を心配した菩提寺である同聚院の住職が、不動明王のご鎮座される五大堂でしばらく籠もって己を見つめるよう勧めました。
お雪が数週間五大堂に籠る中、彼女を慕った祇園の芸妓たちが、毎日お弁当を届けたそうです。
そうした中、お雪は
世間の冷ややかな視線とは違った、自分を一心に見つめてくれているモルガンの愛に気付いたそうです。そうして、世間の目に惑わされることなく当時は難しかった国際結婚に踏み切ったのだと言います。
そしてこの結婚は、日米友好の先駆けとして注目され、2人の結婚記念日である1月20日が玉の輿の日となったそうです。
ムームードメイン玉の輿とは
- 意味
女性が社会的地位のある男性や資本家の男性と結婚することにより、自分も社会的地位を手に入れたり、裕福な立場になること。男性が金持ちの女性と結婚する場合は、「逆玉(ぎゃくたま)」と言う。 - 語源
貴人が豪華な輿に乗って嫁入りする様子からきている。
徳川綱吉の母・桂昌院が、京都の八百屋の娘から将軍の母に大出世したことも由来とされている。
- 桂昌院(お玉)
- 徳川家光
桂昌院は、京都の西陣で八百屋を営む仁右衛門の次女お玉として生まれました。(織物屋、畳屋等諸説あり)つまり、庶民です。
桂昌院の実父は幼いころのに他界し、美人で評判だった母が桂昌院とその姉を連れて、公卿侍(くげざむらい)の本庄宗利の家へ奉公に行きます。その後、母が宗利の後妻となり、桂昌院は養女となりました。ここで、身分がレベルアップしたのです。
美人で賢かった桂昌院。
公卿の六条家の娘、伊勢慶光院の住持(お万の方)が見初められ大奥入りが決まり、桂昌院が側仕えの女性に抜擢されたのです。当時、京都から江戸に出向くということは結構な大事のようでした。ここでもおおよそレベルアップですね(⌒∇⌒)
桂昌院は大奥に入り、部屋子としてお万の方に仕えていました。そこで大奥を仕切っていた、春日局の目に留まったのです。家光の乳母だった春日局は、家光が若い頃に女性に興味を示さないことを心配していたのです。だから大奥を作ったとか(⌒∇⌒)
春日局は、跡継ぎを作ることを最優先とし家柄はさほど気にしていなかったため、美人で秀でている女性を候補に上げ続けていたそうです。
そうして、当時の将軍徳川家光に見初められることとなり息子綱吉を出産。将軍の妻、のちに将軍の母として、大幅レベルアップを遂げたのでした。
そんな大大出世を果たしたお玉が、輿に乗って将軍家へ嫁いだ。
というところからも、女性が嫁ぐことで社会的地位を手に入れることを、玉の輿なんて言うようになったそうです。
調べてみた感想としては、
やっぱり美人が強いのか~~なんて印象でした(笑)
でもお玉もお雪も見かけだけでは測れない、胡弓の扱いや聡明さのような内面の美しさみたいなものもきっと表に出ていたんでしょうね(⌒∇⌒)
玉の輿って、何も努力しなくても手に入れるみたいなイメージがありましたが、調べてみるとどちらの女性も、しっかり芯をもち自分で考え行動し努力する素敵な人だなと感じました。意味としては、男性の地位に乗っかることになってしまい、由来になった女性の出来事や本質が隠れてしまうのは、少し残念ですね。この女性たちのことを知ったおかげで、玉の輿という言葉へのイメージも変わったし、努力し続けることの大切さもなんとなく感じました。
無努力では何も手に入れなれない、と肝に銘じようね(⌒∇⌒)



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